「大事なプレゼンの前になると、決まってお腹がゴロゴロする」 「お腹の調子が悪い日は、一日中なんとなく気分も晴れない」
こうした経験は、誰もが一度は体験したことがあるだろう。私たちは古くから、これらを「気のせい」あるいは一方的な「脳から腸へのストレス反応」として片付けてきた。しかし、科学が解き明かしつつある現実は、その逆、すなわち腸の状態が、私たちの気分、思考、さらには行動までもを積極的にコントロールしている可能性を示唆する、遥かに複雑で双方向的なものであった。
この壮大な通信ネットワークは「脳腸相関(Gut-Brain Axis)」と呼ばれる。そして、このネットワークの主役として、今、世界中の研究者から熱い視線が注がれているのが、私たちの腸内に棲む100兆個もの微生物、すなわち「腸内細菌叢(マイクロバイオータ)」の存在である。
今回の記事では、この小さな住人たちが、いかにして私たちの脳という中枢司令塔とコミュニケーションをとり、私たちの心と体に影響を及ぼしているのか。その驚くべきメカニズムを、この分野における金字塔ともいえる一つの非常に権威ある学術論文を道しるべに、皆さんと一緒に探求していきたい。
今回ご紹介する論文:脳腸相関研究の集大成
今回、深く読み解いていくのは、世界で最も権威のある生理学の学術雑誌の一つ『Physiological Reviews』に2019年に掲載された、この分野の第一人者たちによる包括的なレビュー論文である。
引用文献: Cryan, J. F., et al. (2019). The microbiota-gut-brain axis. Physiological reviews, 99(4), 1877-2013.
この論文は、文字通り世界中で発表された何百もの最先端の研究成果を精査し、「マイクロバイオータ・腸・脳 軸 (The Microbiota-Gut-Brain Axis)」に関する、当時の最新かつ最も信頼性の高い知見をまとめたものである。この記事では、この論文が提示した科学的証拠を基に、腸内細菌が脳と対話する「情報ハイウェイ」の正体を解き明かしていく。
ここで再びおすすめを紹介する。ビオスリーHi錠 270錠【指定医薬部外品】整腸剤 [酪酸菌/糖化菌/乳酸菌 配合] 錠剤タイプだ。

「第二の脳」と呼ばれる腸の正体

脳腸相関を理解する上で、まず私たちの「腸」の特異性を認識する必要がある。腸は単なる消化吸収器官ではない。
第一に、腸は「第二の脳」と呼ばれる独自の神経系(腸管神経系:ENS)を持っている。その神経細胞の数は約1億個にも及び、これは脊髄全体に匹敵する。腸は、脳からの指令がなくとも、ある程度自律して消化活動を制御できるほどの高度な情報処理能力を持つ。
第二に、腸は人体最大の免疫器官である。体内の免疫細胞の約7割が腸に集中し、食物と共に侵入してくる無数の外敵(病原体)から私たちを守る最前線の要塞となっている。
そして第三に、腸は100兆個、重さにして1〜2kgにもなる腸内細菌の住処である。これらの細菌は、単なる居候ではなく、私たち宿主が消化できない食物繊維を分解し、ビタミンを合成し、さらには免疫システムを教育するなど、私たちの生存に不可欠な役割を果たす「もう一つの臓器」とさえ言える存在である。
問題は、この腸内細菌が、いかにして遠く離れた脳とコミュニケーションをとっているのか、である。Cryan博士らの論文は、その主要な情報伝達ルートを明確に示している。
腸から脳へ:腸内細菌が操る4つの情報ハイウェイ

腸内細菌は、以下の4つの主要なルートを駆使し、脳の機能や私たちの気分に影響を及ぼしている。
ハイウェイ①:神経の直通電話「迷走神経」
最も直接的で、驚くべきルートが「迷走神経(Vagus Nerve)」を介したシグナル伝達である。
迷走神経は、脳幹から内臓のほぼすべてに伸びる、非常に太く長い神経の束であり、まさに腸と脳を結ぶ「物理的な直通回線」である。従来、この回線は主に脳から腸へ「消化しろ」と指令を送る「下り」がメインだと考えられてきた。しかし、実際には、迷走神経の線維の実に80〜90%は、腸から脳へ情報を送る「上り」であることが分かっている。
腸内細菌は、この上り回線を巧みに利用する。例えば、特定の腸内細菌(Lactobacillus種など)は、腸の壁にある神経細胞(腸クロム親和性細胞など)を刺激する物質を産生する。この信号が迷走神経の末端でキャッチされ、電気信号として脳幹に送られ、不安や気分を司る脳の領域(扁桃体や前頭前野など)に影響を与えるのである。
この強力な証拠として、動物実験において、特定のプロバイオティクス(善玉菌)の投与がマウスの不安行動を軽減するが、迷走神経を切断(Vagotomy)したマウスでは、その効果が完全に消失することが報告されている。これは、腸内細菌によるメンタルヘルスへの効果が、この神経の直通電話に依存していることを明確に示している。
ハイウェイ②:全身を巡る“化学物質”「代謝産物」
腸内細菌は、私たちが食べたもの、特に消化できない食物繊維をエサにして発酵させ、様々な化学物質を産生する。これを「代謝産物」と呼ぶが、その中には、血流に乗って全身を巡り、脳にまで到達して直接影響を与えるものが存在する。
その代表格が、「短鎖脂肪酸(Short-Chain Fatty Acids: SCFAs)」である。酪酸、プロピオン酸、酢酸などがこれにあたる。
短鎖脂肪酸は、腸の細胞の主要なエネルギー源となり、腸のバリア機能を強化する(後述するリーキーガットを防ぐ)だけでなく、多くの重要な役割を担う。例えば、血液脳関門(BBB)という、脳を有害物質から守るための厳重なバリアの機能を強化することが知られている。さらに、短鎖脂肪酸そのものが脳内に移行し、神経細胞の活動や脳内の炎症を調節するシグナル分子として働く可能性も示唆されている。
食物繊維が豊富な食事が健康に良いとされる理由は、単に便通を良くするからだけでなく、腸内細菌にこれらの「脳に効く物質」を作らせるためでもあるのだ。
ここでおすすめを紹介する。ビオスリーHi錠 270錠【指定医薬部外品】整腸剤 [酪酸菌/糖化菌/乳酸菌 配合] 錠剤タイプだ。

ハイウェイ③:脳を興奮・鎮静させる「神経伝達物質」
私たちの気分や認知機能は、「神経伝達物質」によって厳密に制御されている。そして驚くべきことに、これらの物質の多くが、腸内細菌によって直接産生されたり、その産生が調節されたりしている。
- セロトニン (Serotonin): 「幸福ホルモン」とも呼ばれ、気分の安定や睡眠に不可欠である。体内のセロトニンの約90%は、脳ではなく腸の細胞で作られている。腸内細菌は、その産生を活発化させるよう腸の細胞に働きかける。
- GABA (γ-アミノ酪酸): 脳の興奮を鎮める、主要な抑制性の神経伝達物質である。「リラックス」に関わる物質として知られるが、一部の腸内細菌(Lactobacillus種やBifidobacterium種)は、GABAそのものを腸内で産生する能力を持つことが発見されている。
- ドーパミン (Dopamine): やる気や快楽に関わる物質。これもまた、腸内細菌がその前駆体の産生に関与している。
これらの物質が腸で作られたからといって、すべてが直接脳に到達するわけではない(多くは血液脳関門を通過できない)。しかし、それらは腸管神経系を刺激し、迷走神経(ハイウェイ①)を介して脳に情報を送ることで、間接的に脳内の神経伝達物質のバランスにも影響を与えると考えられている。
ハイウェイ④:全身の“火事”を引き起こす「免疫・炎症ルート」

これは、現代人の多くの不調に関わる、最も重要なルートかもしれない。腸は人体最大の免疫器官であり、腸内細菌はその免疫システムを「教育」し、正常に機能させるための訓練教官の役割を担っている。
しかし、ストレス、不適切な食事、抗生物質の使用などによって腸内細菌のバランスが崩れる(ディスバイオーシス)と、腸の粘膜バリアが弱まり、細胞同士の結合が緩んでしまう。この状態が「リーキーガット(腸管壁浸漏症候群)」である。
バリアが壊れると、本来なら腸内に留まるべき細菌の死骸(LPS:リポ多糖)や未消化のタンパク質が、血中に漏れ出してしまう。これを検知した免疫システムは、これらを「敵」と見なし、全身に「炎症性サイトカイン」という警報物質(炎症物質)をばらまく。
このサイトカインは、血流に乗って脳にまで到達し、脳内で「神経炎症(Neuroinflammation)」を引き起こす。この脳の“火事”こそが、うつ病、不安障害、さらにはアルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患の発症にも深く関わっているのではないかと、近年強く疑われている。私たちが感じる「なんとなくのだるさ」や「原因不明の気分の落ち込み」は、腸を起点とするこの慢性的な微弱炎症のサインかもしれないのである。
「心の病」と腸内細菌の切れない関係

これらの情報ハイウェイの存在は、腸内細菌の異常が、精神疾患や神経疾患と直接結びついている可能性を示している。
1. うつ病 (Depression): うつ病患者の腸内細菌叢は、健康な人と比べてその多様性が著しく低下しており、特定の細菌(炎症を引き起こす菌)が多い傾向が、多くの研究で一貫して報告されている。実際、健康なマウスにうつ病患者の便を移植(FMT:便微生物移植)すると、そのマウスがうつ様行動を示すようになる、という衝撃的な研究結果もある。
2. パーキンソン病 (Parkinson's Disease): パーキンソン病は、脳のドーパミン産生細胞が死滅する病気だが、多くの患者が脳の症状(手の震えなど)が現れる何年も前から、便秘といった消化器系の問題を抱えていることが知られている。病気の原因とされる異常なタンパク質(α-シヌクレイン)が、最初に腸で発生し、迷走神経(ハイウェイ①)を伝って脳に到達するのではないか、という仮説が有力視されている。
3. 自閉症スペクトラム障害 (ASD): ASDの子供たちは、高い割合で消化器系の問題を併発している。彼らの腸内細菌叢は健常児と異なることが報告されており、特定の腸内細菌が産生する代謝産物が、脳の発達に影響を与えているのではないかという研究(サイコバイオティクスによる介入研究など)が精力的に進められている。
結論:脳を健やかに保つための「腸活」戦略
ここで最後のおすすめ紹介だ。ビオスリーHi錠 270錠【指定医薬部外品】整腸剤 [酪酸菌/糖化菌/乳酸菌 配合] 錠剤タイプだ。

今回深掘りしたCryan博士らの論文は、もはや「心」と「体」を二元論で語る時代が終わったことを明確に示している。私たちの脳は、頭蓋骨の中で孤立して機能しているのではなく、腸という「第二の脳」、そしてそこに棲む100兆の「パートナー」からの絶え間ない情報入力によって、その機能が維持・調節されているのである。
この知見は、私たちの健康戦略に根本的な変革を迫るものだ。脳の不調を、脳の中だけで解決しようとするのではなく、「腸」という、よりアクセスしやすく、介入しやすい臓器にアプローチするという新しい道筋が見えてくるからである。
私たちの気分、ストレス耐性、そして長期的な脳の健康は、私たちが日々、腸内細菌にどのような「エサ」を与え、どのような「環境」を提供しているかにかかっている。
科学が示す、脳腸相関を健やかに保つための戦略は、極めてシンプルである。
- 「エサ」を与える(プレバイオティクス): 腸内細菌が最も喜ぶエサは、多様な食物繊維である。野菜、果物、全粒穀物、海藻、豆類を、種類豊富に摂取すること。これが短鎖脂肪酸(ハイウェイ②)を増やし、腸のバリア機能を高める。
- 「仲間」を送る(プロバイオティクス): ヨーグルト、納豆、味噌、キムチといった発酵食品から、生きた善玉菌を定期的に補給すること。
- 腸の「敵」を避ける: 過剰なストレスは、交感神経を緊張させ、腸の血流を悪化させ、腸内環境を乱す。また、過剰な糖質、加工食品、食品添加物は、悪玉菌のエサとなり、腸内炎症(ハイウェイ④)を引き起こす可能性がある。
腸内細菌に配慮した食生活を送ること。それは、単に消化を助けるためではない。それは、私たちの脳の神経回路を守り、心の平穏を保ち、健やかな未来の認知機能への「投資」そのものなのである。